「チャオ、ピッコリーナ(おちびちゃん) 出ておいで」
農場主がやさしいく挨拶の声をかけると、
ぶうぶう言いながら
でてきたのは、200キロ近くありそうな巨体の雌豚。
おもてにのんきな風貌を現したとたん、ズドン。
眉間にピストルから釘が打ち込まれて、即死。
これは何年か前に、豚の屠殺を見学に行った時の
ショッキングな情景だ。
でも大工場のように動物を通路で囲って
怖がる彼らを屠殺場に追い込むのではなく、
自分が殺されるという運命を悟らせないように気を使うのが
小さな農場の昔ながらのやり方だそうだ。
だからってこれは、動物の気持ちを思ってというわけではなくて、
恐怖を感じると
血中アドレナリンが増えて、
肉が硬くなってしまうからだそうだ。
昔、イタリアではこんなふうに、小さな家族経営の農家が、
一軒に一頭豚を持っていて、毎年12月頃豚を絞めては
家族が一年間食べられるように、すべての部位を加工し保存した。
生で食べる内臓や血の料理―血を玉ねぎとフライパンで炒めたやつは、
プリンみたいにブリブリしてそりゃあおいしかった~、
は屠殺したすぐその日に。
残りは熟成が進む順、つまり小さい順に食べていくから、
季節ごとに食べるものが決まる。
1月頃はグワンチャーレ(頬肉の塩漬け)、
3月頃は熟成させたサルシッチャ(ソーセージ)
夏頃はスパッラ(肩肉のハム)といった具合だ。
プロシュートは一番大きな部位なので、
一年を越してから食べ始める。
こんな歴史が、イタリアのおいしいサラミやプロシュート文化を
生んだというわけだが、今、例の豚インフルのおかげで、
プロシュートの生産者や豚肉業者は迷惑を被っているらしい。
株は暴落、売上は激減。
インフルエンザは肉を食べたのではうつらないし、もし菌があったとしても
100度で加熱すれば菌は死ぬ、といくら当局が情報を発しても
豚肉をリフューズする消費者は世界各国で増えているらしい。
気持はわかるけど。どこだったか、アラブの国では豚肉輸入の
禁止措置をとったとか。
でもね、自分たちの念のため、みたいな行動が、
他人の死活問題に関わったり、
一つの食文化を崩壊させることがあるかもしれないということを
少し考えてみたほうがいい。
小さくてコツコツいい仕事をしているサラミ生産者なんか、
こんなことぐらいで潰れちゃうかもしれないんだから。
まあね、イタリアの田舎のおじいさん、おばあさんたちは
豚インフルとはなんぞや、とどこ吹く風で昔ながらに
毎日サラミやプロシュートを食べ続けているんだろうけど。
ところで、イタリアでは世界保健機構WHOと言っても通じない。
はて? と新聞をよく見てみると、
世界保健機関をイタリア語に訳した
Organizzazione Mondiale della Sanita’=OMSと言う。
こういう名称を自国の言葉になおしちゃうのって、
どうなんでしょ。英語なんてなんぼのもんじゃい、
わしらの言葉はラテンの直系じゃ、という意識が
根底にあるのか、なんでもイタリア語に直してしまう。
ホワイトハウスだってカーザ・ビアンカだし。
そりゃあ、訳せば白い家だ。
『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラはロセッラと言う名前で
でています、イタリアでは。
スカーレットが英語で緋色という意味だから、
イタリア語で同じ意味を持つロセッラと言う名前にしたという。
そういえばU2は「ウー・ドゥエ」。こちらはアルファベットの
イタリア風発音モロ。笑えるよねーと言って、
私は昔からネタにしてさせてもらってます。
というわけで、写真はイタリア国内にも3種類ぐらいしかないといわれる
スプレッドタイプの生サラミ、マルケ州の「Ciauscolo」。
ゲロうま。